禅宗では、「三解脱門」を略し『三門』と呼びます。
迷妄から開放されるための三つの道を門に譬えたものだといわれています。
三つの道とは「空」「無相」「無願」をさします。
経 堂

   開 山 堂 (大寂塔)
  開祖 寂室禅師(正燈国師)を祀る堂宇なり、享保
 十年(一七二五)龍岩禅師の時、彦根城主井伊直惟公
 より能舞台の寄進を受け再建、毎日十月一日末寺僧
 侶登山し報恩謝徳の法要が営まれる。禅師の塑像は
 重要文化財なり、頭上の額は黄檗隠元禅師の筆なり。

   寂室禅師
 正應三年(一二九〇) 岡山県 勝山に生誕十三歳で出
  家京都東福寺、鎌倉建長寺で修行、三十一歳で元国
  に渡り各地の名僧を歴訪して七年。帰国後、日本各
 地の山寺を訪ね詩偈を賦し行脚、説法され七十二才
 で佐々木六角氏頼の創建せる永源寺に住し、雲集す
 る修業僧を教導、貞治六年(一三六七)示寂七十八才。
 禅師の墨蹟、詩偈は特に秀で多く重文に指定されて
 いる。

   寂室禅師の偈(詩)
       ひせん             か
 風飛泉(滝)を撹いて冷声を送る。 前峰月上りて竹
          あきら               ろうらい
 窓明かなり。老来殊に覚ゆ山中の好きことを。死し
                              また
 て岩根に在らば骨也清し。
  「風撹飛泉送冷声。前峰月上竹窓明。
   老来殊覚山中好。死在岩根骨也清。」
めがねのかわいいお地蔵様
十六羅漢像 (年代不詳)
方 丈
禅 堂
鐘 楼
安永九年(一七八〇年) 当時の鐘は大戦に供出され、現在の梵鐘は昭和二十五年、再鋳のものです。
開山堂
納骨堂
芭蕉の歌碑
こんにゃくのさしみも
 すこし(すごし)梅の花
         芭 蕉
佐々木氏頼
 第八代 六角佐々木家当主
 嘉暦元年(一三二六年)〜応安三年(一三七〇年)
 左衛門尉時信の嫡子。
 この時代、佐々木氏の庶流である、京極家の当主、導
 誉が一時期、近江守護の座に就いたが、六角氏の守護
 としての座はすぐに氏頼に戻された。
国道 421 号 石榑峠
臨済宗 永源寺派 本山
永 源 寺
三 門
井伊家霊廟
瑞石山